私の天敵たる紙媒体

私は、両親の汗かきの遺伝を継いでしまったのか、幼少の頃からちょっとした運動で大量の汗をかいてしまいます。

冬場でも早歩き程度でシャツは汗でびしょびしょ、30代後半に入り少しは落ち着きましたが、それでも汗全般において今まで結構な苦労をしました。

特に手汗に関しては、私自身がプレッシャーに弱いために、体質とメンタル的な部分が合わさって、その酷さは倍増です。そのため手汗で色々な失敗をしたり、周囲へ大変迷惑をかけたりしたことがあります。特に通常の生活の中では避けては通れない紙媒体が、私にとっては鬼門でした。そこで、それらの中の幾つかの苦労話をここで紹介さて頂きます。

手汗と聞くと握手の不快さを思い浮かべた方は少なくないでしょう。ですが実社会において握手の機会はそう多くありません。私が手汗で迷惑したのは五感の内の視覚。

つまり手汗による見た目の変化です。

そしてそれが最も表れたのが紙でした。学生時代で言えば、全員に配るプリントやテスト用紙がそれに当たります。例えば学生時代の経験で教壇に最も近い生徒がプリントを後ろに回すという行為は、その時代を過ぎた人や真っ直中の人ならほぼやったことがあるでしょう。手汗が酷い私にとっては、その行為は地獄です。

自分のプリントを抜き、残りのプリントを後ろの人に渡すと、その親指で摘んだ一番上の紙の角が親指の手汗で色が変色し、ふやけたりすることがよくありました。もちろんそんなプリントを誰も欲しがるはずもありません。必ず最後の席の人に渡ります。私が男なので相手が同性の時は笑い話にもなるし、そう罪悪感もありませんでしたが、女子の時は真剣に嫌がられ、申し訳なさで一杯でした。そのため学生時代はいつもそういう機会が減るように、席替えの時は一番後ろの席になるようにしたものです。

また学生時代では同じくテスト時も困りました。テストのプレッシャーで手汗は止まらず、その汗を拭くタオルもカンニング防止のために机の上には用意できず、着ている制服で拭くのがやっと。テスト用紙は手汗の被害が最小で済むようにと親指と人差し指だけで抑え、ケアレスミス探しのためではなく、手汗のためにできるだけ速く解けるように努力したものです。時々テストに集中しすぎて、テスト用紙の左右にある空白部分が返還時には波打つようにふやけていたこともありましたが。

学生時代が過ぎ、社会人として活動するようになっても手汗と紙による苦労は続きます。訪れた試練は名刺渡し。紙が厚いのでふやけるということはないですが、新人の時は手持ちの金も少なく、そう高い紙質の名刺も選べません。

そのうえ会う人のほとんどが自分よりも地位も年齢も高く、まれに祖父と同年代の方もいました。緊張で何度拭いても汗が出る始末。そのため名刺には手汗で濡れたあとが残り、名刺を受け取る方の中には露骨に嫌な顔をする人もいました。

社会人になっても資料のプリントは学生時代を継続するように苦労しましたが、名刺渡しと同じく社会人ならではの紙による失敗があります。それがメモです。電話や会議、打ち合わせの時に忘れてはいけない重要な事柄を記しておくためにそれはよく使われます。

手汗で変色しようが、ふやけようが読めないことはないだろうと思う人も多いでしょう。経験からそのとおりで読めないことはありません。ただし、油性のボールペン、シャーペン、鉛筆などの場合に限りますが。そう、水性のペンを使用している時はメモに書かれた文字がにじみ過ぎて読めない場合があるのです。

メモに書かれた文字が多くて、その一部しか読めない場合には頭を下げ、周囲の力を借りることでその失敗の対応はできます。ですが文字が少なく、そのメモに何が書かれていたか分からなくなると最悪です。今ではスマホやタブレットを使い、メモの使用や保存を極力避けていますが、それでもゼロではありません。手汗が酷い方の中で、これから社会人になる人達はメモの扱いには特に注意してください。

これまでの人生で紙媒体には本当に苦労しました。今では社会人として経験を積み、緊張することもプレッシャーを感じることも少なくなり、学生時代や社会人の新人時よりも幾分これらの苦労話は少なくなりましたが、それでもこの苦労は当分続きそうです。

最後に一言だけ、これまで迷惑をかけた人の中には嫌な顔を向けてくる人もいましたが、それだけではありません。手汗が酷いことを気にかけ、こちらを気遣ってくれる人もいました。手汗が酷いからといって何から何まで遠慮してしまうと勿体無いです。「手汗を気にするな」とは言いませんが、気にし過ぎるのも人生の損だと思います。